恩師訪問(第3回)
昔、お世話になった先生を訪問するコーナーです。
松浦先生の色々なお写真、いかがですか?是非とも、お便りをお寄せください。

松浦 昌士
 先生


 

北高校在職 昭和45年4月〜昭和60年3月(15年間)
  数学科・写真部・卓球部顧問
平成13年3月に静岡県の公立高校を定年退職し、現在浜松市内の浜松開誠館高校の非常勤講師をしている。

 

松浦先生からのメッセージ

(1) 北高は、20才代から40才代に掛けてお世話になった学校です。自分の一生において、いろんな意味で勉強になった15年間であったと思っております。「あいつ・あの子・あの先生・あの親、みんなありがとう」。
(2)

当時は、赤電で通勤しておりました。電車の中の高校生を見るとき、
 北高校生・・・小説を読んでいる。
 A高校生・・・参考書を見ている。
 B高校生・・・マンガを読んだり、楽しく談笑している。
のように感じておりましたが、現在の北高生はどんなものでしょうか。

(3) 現在は、近所の畑を借りて、季節の野菜作りを楽しんでおります。



写真1



写真2



写真3
 
写真4



写真5


お写真の説明

[写真1] 昭和32年の静岡国体の時(高校時代)、国体旗のリレーで浜名湖岸を走った時
[写真2] 写真撮影を趣味にしていますが、満足する写真は撮れません。
[写真3] 昭和40年代の北高の体育祭の研究室対抗リレー
[写真4] 希望に満ちた高校生に数学の授業をしている時が一番充実しているように思います。
現在も、高校生に囲まれて生活していますが、「この原石が、将来どのように羽ばたいていくのかを最大の楽しみとして、生き甲斐を感じながら生活をしています。
[写真5] 時々遊びに来る孫との一時が大きな楽しみです。
(天竜川の河川敷での凧揚げ)
 
 

卒業生のコメント1
   藤田 博行(新制24回)さん
(浜松西高校で勤務している時、一緒に数学教育を熱く議論し合った)
  数学だけには意欲があったわたしにとって、当時20代の先生には新鮮さと親しみが感じられ、よく質問したものでした。私が当時嬉しかったことは、そのときに即答できないことでも、次の時間には忘れないで必ず答えてくれたことでした。3年生になって直接教えていただくことはありませんでしたが、先生を訪ねてよく数研に通ったものでした。
そんな私が大学を卒業して高校の教員となり、2校目である西高に勤務している時、先生が北高から異動してこられることを聞かされ、「数学の教員になったからには、一度は一緒に勤めたい」と思っていた私にとって、あまりにも早い機会の訪れにはとても感激的でした。2年後には、同じ学年に所属することになり、数学のことはもちろん、他の仕事においても一緒に取り組むことや考えることも増え、議論をすることも度々ありました。対等に近い関係で物を言わせていただくことも多くなり、失礼かな?と思いながらも私自身、仕事に対しての自信がもてるようになっていった気がします。
そして、何よりの思い出は、よく一緒に夜の街へ出かけたことです。安いお店ばかりですが、話題には全く事欠かず、赤電の最後までよく話をしたものです。もっとも先生には記憶に残らないことが多いようですが・・・。
このように、高校時代、そして教員になってからも、また夜の街でも私の力となっていただき、良きアドバイスもくださいました。今も続いております。改めて言うのもおかしいのですが、感謝の気持ちでいっぱいです。

卒業生のコメント2
   田澤 喜代美(新制26回、旧制 青島)さん
(現在勤務先の「浜松開誠館高校」の教諭、浜松開誠館高校には、浜松北高校の卒業生が15人勤務しています。)
  私が松浦先生に教えていただいたのは、高2の時です。先生の授業と言えば愛用の指示棒を持ち、背筋をまっすぐ伸ばして教壇に立たれる。「どうかなあ?」「そうかなあ?」と問いかけられる独特の間。目が合ってしまって指名を受ける時の複雑な気持ち。ピーンと張りつめた空気・・・。
 あれから30年余り。恩師と同じ職場で同じ教科を教えると知った時には、「若気のいたり」時代の自分を知られている恥ずかしさに、正直「どうしよう」と思いました。先日、先生が「漸化式を使っても解けたので・・・」と嬉しそうなお顔で、別解答を手渡してくださいました。あれ、この笑顔!?やんちゃにも見える先生の笑顔・・・。高校時代、先生の笑顔を見ると安心したり、ほめられた気になったりした自分がふと浮かんできました。
 先生は、髪の色以外は姿勢も話し方も雰囲気も全くお変わりなく、あのころ私が全く考えもしなかった、生徒に対する思い、数学を教えることへの情熱、「松浦哲学」といったようなものに触れることができて、高校の時の教える側を、今見ている気分になる時があります。
 先生に開誠館へ来ていただいて2年。相変わらず緊張はしますが、高校時代に教えていただけたこと、そして本校の生徒だけでなく、今なお私も教えていただける幸せに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。